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千葉地方裁判所 昭和33年(わ)210号 判決

主文

被告人市田博を懲役壱年に、同小玉治行を懲役八月に各処する。

但し、本裁判確定の日から被告人市田博に対しては参年間、同小玉治行に対しては弐年間右刑の執行を猶予する。

被告人市田博より金参拾万円を追徴する。

訴訟費用中、証人北沢義雄(但し、昭和三十三年九月二十六日の被告人市田博に対する第四回公判期日に出頭した分は除く)同大木新一郎(但し、前同被告人市田博に対する第四回公判期日に出頭した分は除く)同加藤彦治、同高橋利、同村田典夫、同藤田数雄に各支給した分は被告人市田博の単独負担とし、証人小原茂彦、同相沢文夫、同野口喜一郎、同古川道子、同堤保に各支給した分は被告人市田博、同小玉治行の平等負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人市田博はかねてから衆議院議員であつた福井順一の私設秘書として働いていたところ、昭和三十三年五月二十二日施行された衆議院議員総選挙に際し、同月一日千葉県第三区より立候補の届出をなし、同総選挙に当選した右福井順一が、これより以前の同年三月下旬頃には既に右総選挙に立候補すべく決意をしていたので、同年四月十二日頃から右同人の選挙区である千葉県東金市及び山武郡方面に赴き、引き続き同地に滞在して専ら右福井順一のためその選挙運動に従事していた者であり、又被告人小玉治行は昭和二十二年頃から弁護士を開業し、東京弁護士会所属の弁護士として弁護活動に従事していたところ、前記総選挙に際して犯された福井順一派の公職選挙法違反事件につき同三十三年六月十日過頃右同人よりその弁護を依頼された者であるが、

第一、被告人市田博は

(一)  前記総選挙に際し同年四月十日頃既に右選挙区より立候補すべく決意をしていた福井順一より自己に当選を得しめる目的を以つて投票取纒等の選挙運動を依頼され、その報酬及び費用として供与されるものであることを知りながら、右立候補の届出前である同月十二日頃東京都千代田区霞ヶ関二丁目二番地所在の衆議院第二議員会館三号館三百八号室において現金五十万円の供与を受け、

(二)  (1) 右立候補すべく決意をしていた福井順一に当選を得しめる目的を以て同選挙区選挙人にして且つ福井順一の選挙運動者である真行寺直芳に対し、右福井順一のため投票並びに投票取纒等の選挙運動を依頼し、その報酬及び費用として右立候補の届出前である

(イ)同年四月十六日頃千葉県東金市松之郷三百二十二番地の右真行寺直芳方において、同人に対し現金五万円を、

(ロ)同月二十二日頃前同所において前同人に対し現金五万円を、

(ハ)同月二十四日頃前同所において前同人に対し現金五万円を、

各供与して選挙運動をなし、

(2) 右立候補した福井順一に当選を得しめる目的を以て前記真行寺直芳に対し、前同様の投票並びに投票取纒等の選挙運動を依頼し、その報酬及び費用として

(イ)同年五月二日頃前記真行寺直芳方において、同人に対し現金三万円を、

(ロ)同月三日頃同市東金千四百六番地旅館「八鶴館」において、前記真行寺直芳に対し現金二万円を、

(ハ)同月十二日頃同市松之郷三百二十二番地の真行寺直芳方において同人に対し現金五万円を、

各供与し、

(三)  (1) 前記立候補すべく決意をしていた福井順一に当選を得しめる目的を以て右立候補の届出前である

(イ)同年四月十三日頃千葉県山武郡松尾町大堤三十七番地料理店「大和」において、同選挙区選挙人にして且つ福井順一の選挙運動者である加藤彦治、同大木新一郎、同北沢義雄の三名に対し右福井順一のため投票並びに投票取纒等の選挙運動を依頼し、その報酬及び費用として現金二万円を、

(ロ)同月十八日頃同郡同町松尾五十六番地北沢義雄方において前記加藤彦治、同北沢義雄の両名に対し前記同様の投票並びに投票取纒等の選挙運動を依頼し、その報酬及び費用として現金三万円を、

各供与して選挙運動をなし、

(2) 前記立候補した福井順一に当選を得しめる目的を以て前記加藤彦治に対し、前記同様の投票並びに投票取纒等の選挙運動を依頼し、その報酬及び費用として

(イ)同年五月十日頃同県同郡松尾町八田二百六十六番地の右加藤彦治方において同人に対し現金五万円を、

(ロ)同月十七日頃前同所において前同人に対し現金五万円を

各供与し、

(四)  前記立候補をした福井順一に当選を得しめる目的を以て同年五月二十日頃東金市松之郷三百二十二番地真行寺直芳方において、同選挙区選挙人にして且つ福井順一の選挙運動者である高橋利及び岡田政与の両名に対し、前同様福井順一のため投票並びに投票取纒等の選挙運動を依頼し、その報酬及び費用として村田典夫、石渡重男を介して現金三万円を供与し、

第二、被告人小玉治行は同年六月二十四日、当時千葉地方検察庁において捜査中の福井順一にかかる同人が前記第一の(一)記載の日時、場所において、同記載の趣旨の下に被告人市田博に現金五十万円を供与した旨の公職選挙法違反被疑事実、及び被告人市田博にかかる右同記載の公職選挙法違反被疑事実につき、被告人市田博が同検察庁検察官にその旨自供したことを聞知しながら、右福井順一と共謀の上、前記福井、市田両名にかかる各被疑事実を隠蔽しようと企て、同月二十九日から同年七月三日に至る間、東京都港区赤坂新町所在の料亭「阪口」及び同区赤坂福吉町二番地所在の割烹旅館「真珠荘」等において福井順一が実権を有する同都中央区銀座西五丁目一番地所在近代興業株式会社の経理部長小原茂彦に対し「前記五十万円は同人が同年四月十二日頃右近代興業株式会社において、被告人市田博に直接個人献金として手交したものである旨の虚偽の事実を記載した上申書を作成して同検察庁検察官に提出すべき旨慫慂説得し」尚右五十万円の出所に関する取調に備え、偶々小原が同年三月五日同栄信用金庫日本橋支店より同人名義の定期預金五十万円の払戻を受けた事実を之に利用しようとしたが、その払戻の日時と前記金員授受の日時(同年四月十二日頃)との期間が長過ぎるのに気付き、これが辻褄を合わせるため、前記近代興業株式会社総務部に備付けの金庫内に殊更に小原茂彦私有の貴重品を入れた手提金庫を入れ置き、前記五十万円は被告人市田博に手交する迄はその手提金庫の中に保管されているもののように作為すべき旨指示して強いて之を承諾させた上、右小原茂彦をして

(一)  同年七月二日頃前記近代興業株式会社において、予ねて同会社の社印箱代用として使用し同会社経理部において保管中の手提金庫一個内より社印等を取り出し、之に小原茂彦私有の株券、保険証券等を入れ換えさせた上、これを同会社総務部金庫内に蔵置させ恰も前記五十万円が同所に保管してあつたもののように装置させ、もつて前記被疑事件の証憑の偽造を教唆し、

(二)  同年七月四日同会社において前記五十万円は小原茂彦が直接被告人市田博に個人献金した旨の虚偽の記載した上中書を作成させ、同日これを弁護士織戸峯次を介して同検察庁検察官に提出させ、もつて右各被疑事件の証憑の偽造及び偽造証憑の使用を教唆し

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法律の適用)

法律に照らすと被告人市田博の判示所為中、第一の(一)の金銭受供与の点は公職選挙法第二百二十一条第一項第四号(第一号)罰金等臨時措置法第二条第一項に、同第一の(二)の(1)、(イ)乃至(ハ)及び同第一の(三)の(1)、(イ)、(ロ)の各所為中立候補届出前に選挙運動をした点は各公職選挙法第二百三十九条第一号第百二十九条罰金等臨時措置法第二条第一項に、金銭供与の点は各公職選挙法第二百二十一条第一項第一号罰金等臨時措置法第二条第一項に、同判示第一の(二)の(2)、(イ)乃至(ハ)、同第一の(三)の(2)、(イ)、(ロ)及び第一の(四)の各金銭供与の点は各公職選挙法第二百二十一条第一項第一号罰金等臨時措置法第二条第一項に夫々該当するところ、右第一の(二)の(1)、(イ)乃至(ハ)及び第一の(三)の(1)、(イ)、(ロ)の各立候補届出前に選挙運動をした点と金銭供与の点とは一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段第十条により重い各金銭供与の罪の刑に従つて処断することとし、以上各罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条に則り犯情の最も重いと認められる判示第一の(一)の金銭受供与の罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内で被告人市田博を懲役一年に処し、又被告人小玉治行の判示第二の(一)、(二)の証憑の偽造、偽造証憑使用の各教唆の点は夫々刑法第百四条罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項第一号刑法第六十一条第一項第六十条に該当するところ、第二の(二)の証憑偽造教唆と偽造証憑使用教唆とは互いに手段結果の関係にあるから刑法第五十四条第一項後段第十条により犯情の重いと認められる偽造証憑使用教唆の罪の刑に従つて処断することとし、右各罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条により、犯情の重いと認められる判示第二の(二)の偽造証憑使用教唆の罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内で被告人小玉治行を懲役八月に処し、尚被告人両名に対し犯罪の情状刑の執行を猶予するを相当と認め、刑法第二十五条第一項を適用して本裁判確定の日から被告人市田博に対しては三年間、同小玉治行に対しては二年間それぞれ右各刑の執行を猶予する。次に追徴については、被告人市田博が判示第一の(一)記載の福井順一より供与を受けた現金五十万円は全部費消せられて没収することができないから公職選挙法第二百二十四条によりこれと同額の金員を追徴すべきところ、同被告人が判示第一の(二)、(1)、(イ)乃至(ハ)記載の真行寺直芳に各供与した計金十五万円及び同第一の(三)の(1)、(イ)、(ロ)記載の加藤彦治、大木新一郎、北沢義雄等に各供与した計金五万円、以上合計金二十万円はいずれも被告人市田博が前記供与を受けた金五十万円の中からその供与を受けた趣旨に従つて更に供与をしたものであるこが本件証拠上明白であつて、その金額は、各受供与者から没収又は追徴することができるものと解するから、右真行寺直芳等に供与した合計金二十万円は本件追徴額より控除すべきであるが、その余の金三十万円については、被告人市田博の検察官に対する昭和三十三年六月二十三日付(但し、全十六枚のもの―特に第七項)、同年七月一日付(特に第九、十項)、同月十日付(但し、全四枚のもの)、同月三十一日付及び同年六月十九日付(特に第三項)各供述調書によれば、被告人市田博は昭和三十三年四月下旬頃福井順一の私設秘書真田幸夫から新たに選挙運動資金として金三十万円を受領し更に同年五月八日頃同じく福井順一の秘書岩永武夫から右真田幸夫を通じて金十万円を受領した旨繰返し検察官に供述しており、又当公廷においても右四月下旬頃真田幸夫から金三十万円を受け取つた点は否認しているがこれとは別に同じく四月下旬頃近代興業株式会社から新たに選挙運動資金十万円を受領した旨及び前記岩永武夫から真田幸夫を通じて金十万円を受領した旨各供述しているところ、以上の点から被告人市田博は昭和三十三年四月下旬以降判示第一の(一)記載の金五十万円とは別に相当多額の選挙運動資金を新たに他から受領していることが認められ、且つ、右各証拠によるとこれ等新たに受領した金員は前記金五十万円の残金三十万円と混合して之を区別することなく同年五月以降の投票並びに投票取纒等の買収資金及び旅館代自動車賃その他自己の小遣銭等の諸雑費に費消したことが認められる。従つて判示第一の(二)の(2)、(イ)乃至(ハ)、同第一の(三)の(2)、(イ)、(ロ)及び同第一の(四)に各記載の真行寺直芳、加藤彦治、高橋利、岡田政与等に各供与した合計金二十三万円が直ちにいずれも前記五十万円の残額金三十万円の中から供与されたものであるとは認め難いのみならず、本件における全証拠によるも右金三十万円が何時、何処で、如何様に使われたかを確定することは不可能であつて、結局その用途は不明に帰するから、公職選挙法第二百二十四条により前記金五十万円から前述金二十万円を控除した残額金三十万円を被告人市田博より追徴することとする。

尚訴訟費用については≪中略≫

よつて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 石井謹吾 裁判官 高瀬秀雄 後藤勇)

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